ベータマックス
君は覚えているか。栄光のβMAXを。
1971年 Uマチック ソニーカラービデオカセット プレーヤー VP−1100 238000円
レコーダー VO−1700 358000円
ソニー、松下電器、日本ビクター他5社で規格統一。
この段階でβマックスのテープ規格は先行で開発されていたらしい。ところが、他社にそのテープは小さくて作れない、とごねられて、ソニーは、Uマチック規格として妥協した。
βマックス一号機 1975年。 (以来400万台が製造された。2002年8月をもって生産終了。)
SL-6300 229800円。β第一号機 βT録再機
1976年 VHS 発売 標準2時間録画に対抗し、βUを開発。
SL‐8100 255000円 βU搭載初号機
SL-J1 1980年 198000円
レバー式の操作ボタン。
オヤヂが一番最初に使ったデッキ。
βV搭載。
同時期にJ9(298000円)があったが、高価。かつ(機能を詰め込みすぎの為)J1より画質が悪かった。
この時期のベータデッキは、ばか重、ばかでか、があたりまえだった。
SL-F11 1982年 278000円
Fメカでもこれだけ高画質ができるぞ、といって出した製品。薄型で、正逆サーチ可能といった機能も満載。ステレオ音声。BNR搭載。
製品のばらつきが大きく、超高画質の機械もあれば、F3並みの画質のものもあった。
同じく、製品の出来にもばらつきが多く、3回以上の初期修理となる製品も結構あった。
SL-J30 1983年 198000円
旧型ソニーメカ Jメカ
音声 ステレオ BNR搭載
画質は明るく抜けが良い。
音は一応ステレオβNRつきだが、かなりナローレンジ。
ばちゃんばちゃんというプランジャーの音がうるさかった。
ジャンク品を入手したが、修理不能とみて捨ててしまった。ゴムベルト、プリーの類がかなりだめになっていたからだ。捨てなければ外観だけでも本ページに掲載できたのに残念。
BMC‐100 ベータムービー 1983年
再生機能がついていなかったのが致命的欠陥であった。
それでも、放送局用ベータカムを連想させるデザインは、結構すばらしかった。
光学ファインダーだが、その画像と、実際に写っている画像がリンクしてなくて、ピントを合わせるのに神業的直感を要した。これも致命的な欠陥だった。
SL-F3 1984年 145000円
F11よりあとの製品。ただ薄くしただけの製品。操作ボタンはウニャウニャ。
画質もJメカに比べると劣るFメカ。
操作性はかなり悪い。これだったらVHSでもいいか、と思わせるに十分な製品。
FF、REWも遅い。姉妹機にF5もあったが、同様の弱点を持つ。
SL-HF77 1984年 298000円
上記F11をハイファイ音声化したβハイファイ初号機。
ハイファイというには、今考えるとかなり問題があるが、発売当時は、ハイファイ音声が売りだった。発売当初は、バズノイズが盛大に発生。(ヘッドがテープをたたくノイズが記録再生されてしまう。)すぐ改修された。今で言うリコールにあたるんだろうな。
デザインは当時のソニーの標準。フロントパネルの縦横比が非常に美しい比率。
βマックスのテープの縦横比にもつながる美しいデザイン。
操作キーはタッチキー式。
正逆スロー再生。倍速再生など、F11の機能をそのまま踏襲。
ハイファイ切りスイッチ付き。
画質は、ハイファイ音声を入れたために悪くなった。FM音声帯域が輝度信号を削ってしまったためだ。当時のβユーザーから失望の声があがった。熱狂的ファンはハイバンド改造の裏記事を回し読みし、改造に励んだ。H並べノイズが見えやすい機種だった。これも改修が入りある程度見やすくなった。
メカは強靭。当時のFメカにしては基本的に画質が良いものだった。(F11と同じだからあたりまえか)
カメラ入力を備えていた。
SL-HF900‐2 1986年 240000円
ハイバンド機HF300(1985年)で新時代を開いたソニーが次のSL-HF900をすぐマイナーチェンジした製品。ハイバンドのこつを飲み込んで、画質がとてもよくなった。ジョグダイヤルの動作は素晴らしかった。HF55(198000円)、HF66(248000円)とHF77の姉妹機が出たがどれも画質がいまいち。操作性もいまに、であった。
SL-HF705 1986年 198000円
βTs録再可能。
メカ部がスライドして出てくるかっこいいものだ。デザイン的にはSONYグレードを体現しているすばらしいもの。
画質は甘めである。
SL-HF3000 1986年 288000円
900系でハイバンドのこつをつかんだソニーが、物量を投入したデッキを送り出した。
画質は、EDV9000(1987年)を除いてベータ最優秀に属す。
チャンスが無くて購入にはいたらなかった。βTs搭載。
EDV-9000 1987年 272400円
ベータの救世主になろうか。という主旨で開発されたが、結果は、、、
メタルテープを使い、スーパーハイバンドで録画すると、水平解像度が500本になります、といった製品。何を録画すればいいのかわからなかったので売れなかった。
都合がつかず買えなかった製品。
EDベータで、βTsを夢見た人は多かったに違いない。
EDカムとともに、起死回生を図ったがときすでに遅し、であった。
SL-2100 1990年 180000円
900系以来の技術革新を果たしたベータ機。
デザインは優秀。だが使い勝手は悪い。
操作キーはタッチキー方式だが、スイッチキーストロークが無く、どこを押しているの判らない!という致命的欠点を持っている。
リモコンも素敵なデザインだが、本体と同じ欠点を持っているので、従来機のリモコンを使うようになった。電池もすぐなくなったし。やはりボタン方式でそこを押すとどこが動く、と覚えられる作りの方が良いね。
画質は、ベータハイファイ機中最高。
βTs搭載。これにスーパーハイバンドを組み合わせると最高画質が手に入る、というふれこみだった。
オートトラッキング採用。
ノーマル音声ステレオ、βNR搭載。これが最後のβ機ですよ、という開発思想がみえみえ。
2002年 βデッキ生産終了
最後のカタログ機種SL-200D(100,000円)が岩手の工場で最後の生産を行った、とニュースステーションで報道された。年に200台も売れなくなったのでは仕方が無い。
○ 20090720
β博物館は閉鎖しました。
F11のローディング部をHF77から移植し完動品にするプラン。HF900U、HF77HB、の維持作業。すべてのプランを終了。
カセットデッキ555ES、DATデッキ1000ESの修理プランも廃止。各本体も廃棄。VPH100QJも廃棄。